T.企業組織再編の形態ごとの雇用関係の問題

  • 企業組織再編の典型形態は、合併、事業譲渡、会社分割、株式取得の4つ。
  • 承継の方法の違い(包括承継、特定承継、部分的包括承継、単なる経営者の交代)によって、雇用の承継や労働条件変更の結果が異なってくる。
 


承継の方法 雇用の承継 労働者の拒否権 労働条件の切下げ


【包括承継】

  • すべての権利義務が存続会社(新設会社)に承継される。
  • 吸収合併と新設合併がある。

 

雇用は、存続会社(新設会社)にすべて承継される。

 

想定されない。

 

合併前後に、労働条件を統一するため、労働条件切り下げの問題が起こる。




【特定承継】

譲渡元と譲渡先間での合意の範囲の権利義務が承継される。

 

  • 譲渡元と譲渡先間での合意範囲の労働者のみが移る。ただし、転籍には労働者の同意が必要(民法625条)。労働者は拒否できる。
  • 合意のない労働者が譲渡先への雇用を主張できる場合がある。

 

譲渡先での労働条件切り下げの問題が起こりがちである。




【部分的包括承継】

  • 分割契約書(分割計画書)に記載の権利義務がすべて承継される。記載がないと承継されない。
  • 吸収分割と新設分割がある。

 

  • 分割契約書(分割計画書)に記載のある労働者は承継される。
  • 承継事業に主として従事しながら記載のない労働者は、異議を申し立てれば移れる。

 

承継事業に主として従事していない労働者は、分割契約書(分割計画書)に記載されても、異議を申し立てれば、元の会社に残れる。

 

労働条件はそのまま引き継がれる。労働条件の一方的切り下げは不可。ただし、分割後、時間の経過とともに労働条件の切り下げ問題が起こり得る。




単なる経営者の交代 雇用関係に変化はないはずだが、新経営陣がリストラや労働条件の切り下げを行うおそれがある。 雇用承継の問題は生じず、拒否権も想定されない。

 

 

U.合併への対応

1.合併ではどんな雇用問題が生じるか

  • 合併後、会社ごとに異なる労働条件が並存するので、その調整・労働条件の不利益変更や、労働協約・就業規則による統一の問題が生じる。高い方の水準、低い方の水準に合わせることもあるが、一般的には全体として不利益にならないように調整することが多い。
    就業規則の不利益変更の有効性は、労働契約法9条(労働者の同意)、10条(合理性の有無)に基づいて判断される。

◆具体的事例

 「大曲市農業協同組合事件(最判昭63.2.16)」

 「朝日火災海上保険事件(最判平8.3.26)」

 「朝日火災海上保険事件(最判平9.3.27)」

 「中根製作所事件(東京高判平12.7.26)」

  • 事業所の整理・統合などによる配転・出向の人事問題が生じるおそれがある。

◆具体的事例

 「東亜ペイント事件(最判昭61.7.14)」

 「新日本製鐵(日鐵運輸第2)事件(最判平15.4.18)」

  • 雇用は全て承継されるが、事前・事後における余剰人員の整理解雇のおそれがある。
    整理解雇の有効性は、整理解雇の4要件(「人員削減の必要性」「解雇回避努力義務」「人選基準および人選の合理性」「手続きの合理性」)に基づき判断され、解雇権濫用(労働契約法16条)の場合には無効となる。
  • 合併先からの「組合解散」などの要求は不当労働行為として禁止されている(労組法7条)。

◆具体的事例

 「京都農協事件(東京高判平23.11.17)

2.合併手続に対する労働組合の対応

合併手続に対する労働組合の対応

 

 

V.事業譲渡における雇用・労働条件をめぐる問題

  • 事業譲渡に関する法的規制が弱く、特定承継なだけに譲渡先の意向で雇用承継される労働者が決まる傾向があり、トラブルが多い。
  • 譲受会社への雇用承継(出向・転籍や新規採用・再雇用問題)については、譲渡先との合意がないと原則雇用は承継されない。ただし、雇用承継の合意のない労働者について、譲渡先の雇用責任を認めた事例もある。

◆具体的事例

 「東京日新学園事件(東京高判平17.7.13)」

 「勝英自動車学校事件(東京地判平15.12.16)」

 「青山会事件(東京高判平14.2.27)」

  • 譲渡先への転籍拒否にともなう整理解雇について、本人の同意のない転籍命令は無効である(民法625条)。

◆具体的事例

 「千代田化工建設事件(東京高判平5.3.31)」

  • 譲渡先での労働条件の不利益変更は有効か?

◆具体的事例

 「エーシーニールセン・コーポレーション事件(東京地判平16.3.31)」

 「広島第一交通事件(広島地決平10.5.2)」

  • 偽装解散・事業譲渡による組合役員・活動家の排除については、「実質的経営主体同一説」「法人格否認の法理」「労組法7条の使用者概念の拡大」などの法理で、解雇無効・雇用承継を認めている。

◆具体的事例

 「日新工機事件(奈良地決平11.1.11)」

 「新関西通信システムズ事件(大阪地決平6.8.5)」

 「第一交通産業ほか(佐野第一交通)事件(大阪高判平19.10.25)」

  • 倒産法制における事業譲渡に関する労働組合からの意見聴取が法制化された(破産法78条2項3号、民事再生法42条、43条、会社更生法46条)。 意見聴取にあたっては、労働組合は、@事業譲渡の賛否とその理由、A賛成する場合の条件・留意点、B経営陣の不正・問題点、などについて書面をもって明確に意見を述べる必要がある。雇用・労働条件の確保について納得いく解決が図られない場合には、明確に反対すべきである。

◆東洋製鋼(従業員102名)の事例

 民事再生手続申請の事実は、労働組合に対して事前に知らされず、通告は申請手続直後であった。労働組合は、雇用確保よりも賃金・退職金の確保、上積みなどに力点をおいて活動を続けた。賃金や退職金(会社都合)は確保したものの、退職金の上積みは確保できなかった。ところが、会社は事業譲渡先を密かに探して、裁判所にその許可申請を行っていた。裁判所が事業譲渡を許可するまで、申請後1ヵ月にも満たなかった。労働組合は、雇用確保についての取り組みが弱く、裁判所での意見聴取に対する的確な対応ができず、最終的に事業譲渡先が雇用した従業員数は、わずか15名にすぎなかった。

  • 譲渡先からの不当労働行為。

 

 

W.会社分割への対応

1.会社分割手続への労働組合の関与


1

労働者の理解と協議の努力義務(労働契約承継法7条)。
  まず、会社には、過半数労働組合と協議する努力義務がある。協議の対象事項は次の5つである(指針第2・4(2)ロ)。 @会社分割をする背景及び理由、 A効力発生日以後における分割会社および承継会社等の債務の履行に関する事項、 B労働者が法第2条第1項第1号に掲げる労働者に該当するか否かの判断基準、 C法第6条の労働協約の承継に関する事項、 D会社分割に当たり、分割会社又は承継会社等と関係労働組合又は労働者との間に生じた労働関係上の問題を解決するための手続き。


2

労働者との協議(平成12年商法改正付則5条1項)。
 協議は、効力発生日以後当該労働者が勤務することとなる会社の概要、労働者が法第2条第1項第1号に掲げる労働者に該当するか否かの考え方等を十分説明し、本人の希望を聴取した上で、労働者に係る労働契約の承継の有無、承継するとした場合又は承継しないとした場合の労働者が従事することを予定する業務の内容、就業場所その他の就業形態等について協議をするものとされている(指針第2・4(1)イ)。


3

労働者・労働組合への通知(承継法2条)


4

労働者の異議権(承継法4条・5条)
 分割計画書(分割契約書)に記載された労働者は、本人の同意がなくても、承継会社(新設会社)に承継される。承継事業に主として従事しながら記載のない労働者は、異議申立をすることにより新設会社(承継会社)に移れる。承継事業に主として従事する労働者以外の労働者は、記載されても異議申立すれば、元の会社に残れる。 出向・転籍で処理することもあり得る。

◆具体的事例

「日本アイ・ビー・エム事件(最判平22.7.12)」

「グリーンエクスプレス事件(札幌地決平18.7.20)」

2.雇用・労働条件をめぐる対応

  • 労働条件はそのまま承継されるが、分割後時間の経過とともに労働条件の切り下げ問題が起こり得る。
  • 労働協約は、労働契約承継法6条で概ね承継される。ただし、3項で労働協約が締結されたとみなされるのは、承継会社(設立会社)と労働組合の間であって、分割された範囲で新たに労働組合が設立された場合には適用されない。

@労働条件は、承継会社(新設会社)にそのまま承継される(指針第2・2(4)イ(イ))。
 会社分割を理由とする一方的な労働条件の不利益変更は行ってはならない(指針第2・2(4)イ(ロ))。

A労働協約は、承継される(労働契約承継法6条)。

A.新設分割計画書(吸収分割契約)に、労働協約のうち承継する部分を定めることができる(1項)。

B.債務的効力部分の労働協約について、分割会社と労働組合との間で承継の合意があったときは、新設分割計画書(吸収分割契約)の定めに従い、分割効力発生日に承継される(2項)。

C.労働協約について、組合員である労働者と分割会社との間の労働契約が設立会社(承継会社)に承継されるときは、分割効力発生日に承継会社(設立会社)と労働組合との間で同一の労働協約が締結されたものとみなす(3項)。

 

 

X.株式買収への対応

1.企業買収の手段

@既存株式の譲受による場合

 a.相対取引、b.市場買付、c.TOB(公開買付)、d.株式交換・株式移転、e.MBO(マネジメント・バイアウト、経営陣による買収)、f.EBO(エンプロイー・バイアウト、従業員による買収)

A新株の引き受けによる場合

 a.第三者割当増資

2.株式買収をめぐる労使問題

  • 雇用関係には変化がないはずであるが、新経営者によるリストラ(整理解雇)、労働条件の不利益変更の問題が生じるおそれがある(*合併の欄参照)。
  • 新経営者が、「組合の解散の慫慂」「組合からの脱退の慫慂」「上部団体からの脱退・変更などの慫慂」「上部団体への上納金や組合費が高いとの批判」、ユニオンショップ協定・チェック・オフ協定や労働協約の破棄などの動きをとることがある。これらは、いずれも不当労働行為であり法律で禁止されている(労組法7条)。

◆具体的事例

「黒川乳業事件(大阪高判平18.2.10)」

「駿河銀行事件(東京地判平2.5.30)」

「岡山電気軌道事件(岡山地判平6.10.12、広島高裁岡山支部判平7.10.31)」

「太陽自動車・北海道交運事件(東京地判平17.8.29)」

 

 

Y.純粋持株会社(グループ会社)下で起こる労働問題

  • 会社間の労働条件の格差をめぐる処理が重要な課題となる。
  • 労働組合の組織形態も重要課題となる。
  • 持株会社(親会社)との団体交渉・労使協議などのルートをどう確立するかが重要な課題となる。




@労働条件は傘下の事業会社に関して統一か、個別か。労働条件・処遇の格差が拡大した場合どう対処するか。

A就業規則は傘下の事業会社に関して統一に定めるべきか、個別に定めるべきか。

B事業会社の特性に合わせた賃金体系・資格制度・評価制度を提案された場合どう対応するか。

C事業会社ごとに退職金制度・企業年金の改廃・変更が提案された場合、どう対処すべきか。

D事業閉鎖・縮小、事業譲渡などにより事業会社で整理解雇された場合、解雇回避努力義務は、当該会社に限定されるのか。持株会社・他のグループ企業は責任がないのか。




@労働者の採用について、a)グループ一括採用、b)子会社での各採用、c)グループと関係が深い人材派遣会社の活用、などが考えられるが、どの方式を採用するか。 a方式の採用の場合、所属籍企業を特定するかどうかの問題があり、リストラや労働条件の変更などについて、影響が生じる。

A会社間の異動方式は、出向なのか、転籍なのか。

Bある事業会社で退職金や賃金などを支払う能力がなくなったときに、持株会社(親会社)、他のグループ企業には支払う責任はないのか。


使

@労働組合の組織形態をどうするか。
a.単一組合ー支部・分会組織体制
b.単一組織の連合体
c.独立した単一組織

A団体交渉の方式をどう確立するか(事業会社の統一交渉、個別交渉)。

B持株会社(親会社)との団体交渉権をどう確立するか。団体交渉でなくとも、労使協議会・折衝・情報交換会などの手続を持株会社(親会社)との間でどう確立するか。

C持株会社(親会社)・事業会社からの情報開示の項目・時期・ルートをどう確立するか。

D労働協約の締結の仕方をどうするか(統一協約、個別協約)。また、人事および合理化についての協議約款、同意約款を締結することができるか。

 

 

Z.企業組織再編をめぐる労働組合の対応事例

  • 不適切ファンド(企業)の経営支配に、労働組合が大きな役割を果たした例がある。
  • 会社分割でも出向扱いを勝ち取った組合もある。

【村上ファンドによる阪神電鉄株買占めと労組の対応】

  • 2006年5月2日村上世彰代表率いる「村上ファンド」(MAC)が、阪神電鉄株約47%の株式を保有し、株主提案で取締役の過半数の選任を求めた。
  • 阪神電鉄労組の上部団体である私鉄総連は、「『株主利益』中心では、私鉄経営は成り立つとは思いません。公共交通機関など公益産業は、常に長期的かつ安定的な経営が求められます。そのためには乗客の安全輸送を担う組合員が安心して働くことのできる雇用環境が必要不可欠です。『短期的に直接利益を追求する目的とする組織』が経営を直接支配することによって、安全輸送に直接関わる問題を始め、組合員のモチベーション低下や労働条件、雇用など安全輸送に影響しかねない不安が危惧されます」との見解を示して、村上ファンドが経営権を握ることに反対した。
  • 最終的には、村上代表の逮捕や代表の辞任、阪急ホールディングスによる阪神電鉄の経営統合により、村上ファンドの目論みは失敗に帰し、ファンドの経営権掌握を阻止するうえで、労働組合は一定の役割を果たした。

 

【日活事件】

  • 日活は、持株会社ナムコの傘下にあった。ナムコとバンダイの経営統合に基づき、2005年春、ナムコは日活の株式をUSENに売却しようとした。USENの目的は、日活が所有する映画のコンテンツ5000本の獲得、利用にあった。また、USENは競合会社から大量の従業員を引き抜くなど、公正取引委員会から勧告を受けるなどの問題企業であった。
  • 労働組合は、映画製作が切り捨てられ、問題企業が経営者になることで雇用が失われるとしてストライキを打つなどして反対運動を展開した。ナムコは組合の要求を受け入れ、組合三役に守秘義務の誓約書を出させたうえで共同して売却先を探し、2005年秋、最終的に携帯向け情報配信大手インデックスへの売却が決まった。

 

【会社分割と出向】

  • JAM傘下の1000名規模(組合員約700名)の機械メーカーで、1部門(従業員約80名中組合員約50名)を子会社に吸収分割(簡易分割)する案が提起された。従業員の異動は、2年間に限り出向扱いだが、2年後には全員転籍するという内容であった。子会社の給与水準が低いので転籍後は悪化が懸念され、反対する声が大きかった。組合は労働条件の悪化は認められないとして、粘り強く会社と交渉して転籍案を撤回させ、全員期限なく出向扱いのままにすることを認めさせた。